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フンメルが伝えたかったもの~
『ピアノ奏法の理論と実践詳論』より

1828年刊行の第2版を元に譜例と演奏法以外でフンメル自身が言及している教育的視点や当時の演奏論などを紹介します。

このピアノ奏法の中でフンメルは技術的奏法そのものより「即興演奏』についての重要性を強く説いています。重要なのか?  以下の3つの視点より論じてみます。

  • 当時のピアニストにとって即興は必須技能だった

  • フンメルの即興観はショパンとリストに直接つながる

  • プレリュードの本来の意味(現代と全く違う)

フンメルがピアニスト教育者として
伝えたかった事

1 当時のピアニストは即興できて当たり前だった

現在のクラシックピアニストは、楽譜通りに弾くことが中心ですが、19世紀初めはまったく逆でした。当時の理想のピアニストは、・作曲家、・演奏家、さらには演奏家は「即興演奏」ができるというのが当時のピアニストの存在でした。

 

音楽史上の代表的な例として下記3名を上げます。

  • モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)

  • ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)

  • リスト(Franz Liszt)

 

様々な伝記などでもこの人たちはみな、演奏、とくに即興演奏の名手として有名であったことが言及されています。実際、ベートーヴェンは作曲よりも即興のほうが凄かったと同時代の人に言われています。

フンメルも同じで、彼の演奏会では、・即興・主題即興(変奏曲)・プレリュード、が披露されたと証言されています。(チェルニーやシュボアの回想録などで言及されている)

 

つまりこのフンメルのピアノのための教本は、「ピアノ演奏法」もありますが、重要な部分は当時の「ピアニスト養成書」としての要素が大きいのです。

 

2 フンメルの即興法はショパン・リストの直接の祖先

フンメルは、「モーツァルトの弟子」であり、「ベートーヴェンと同世代のライヴァル」という立場でした。そして彼の教えは次の世代に直接影響します。

 

特に重要なのが、ショパン(Frédéric Chopin)と考えられます。

ショパンの演奏習慣として、・演奏前に必ず即興する、・プレリュードを弾く、・曲の雰囲気を準備するというものがあります(下記※参照)


※1 ショパンの弟子のカロル・ミクリ(Karol Mikuli)の証言です。

ミクリはショパンの直接の弟子で、ショパンの教えをまとめた序文を書いています。

出典:Karol Mikuli (ed.)/“Preface to Chopin's Works” (1879)

ここでミクリは次のように述べています(要旨)。

「ショパンはレッスンの前にしばしば即興的に鍵盤に触れ、和声や短い音型を試してから作品を演奏した。」

つまり、・即興的導入、・音響確認、・雰囲気作り、が行われていたことが分かります。

 

※2 同じく弟子のフリーデリケ・ミュラー(Friederike Müller)の証言です。

出典:“Erinnerungen an Frédéric Chopin” (1873)

ミュラーは次のように書いています。

「ショパンはピアノに向かうと、まず自由に和声を試しながら演奏し、その後に作品を弾いた。」

 

これはまさに即興プレリュード的行為です。

 

※3 フランツ・リストの証言もあります

出典:Franz Liszt/“Life of Chopin” (1852)

リストはショパンの演奏について、「ショパンは演奏に入る前にしばしば即興し、聴衆をその音楽の世界へ導いた。」と述べています。

これはプレリュード型即興を意味します。

 

※4 ショパンの弟子マチアス(Georges Mathias)の証言

出典:マチアスの回想録

「ショパンはピアノの前で、まず和声を試しながら演奏を始めた。」

これは当時のプレリュード習慣を示しています。


これらの証言は、フンメルの説明と完全に一致しています。

さらにショパンのノクターンやプレリュード、即興曲等の多くの曲は、実は「即興を楽譜化したもの」と言えるのではないでしょうか?

 

 

リストはフンメルの弟子筋の流れにあり、彼の演奏会では・主題即興、・オペラの一節からの即興、・交響曲からの即興がが行われました。

例えば観客が「ドン・ジョヴァンニ!」とリクエストすると、その場で幻想曲を作って弾くことがあったと言われています。

これは、フンメルの即興理念の完成形です。

 

3 プレリュードの本当の意味

現代では「プレリュード = 短い曲、または前奏」という意味ですが、元々は「演奏前の即興」でした。フンメルは説明していました。

(第3巻 第7章 自由な即興演奏(エクステンポール)およびプレリュード参照)

 

4 なぜこの文化は消えたのか

19世紀後半からクラシック音楽は作曲家中心になります。

原因は主に3つ、①楽譜の権威化 ②演奏会文化の変化 ③録音文化 と言えるでしょうか。

特にベートーヴェン以降のドイツ音楽(ブラームスやワーグナー)以降、「作曲家の意図」が絶対視されるようになります。

これは、即興演奏と対極にある価値観 と言えます。

20世紀のクラシックピアニストは、即興をほとんどしない、楽譜に忠実であることが求められ、そういう求めに応じた演奏をするようになりました。私の記憶の中でも、1980~90年代のモーツァルトのピアノ協奏曲の録音に対する評論でも装飾、即興、追加されたアイガングが過剰だ、という批判があったことを記憶しています。

 

5 現代で即興をしているクラシックピアニスト

しかし、作曲家の研究や史実の研究、演奏形式の歴史などが進み、21世紀前後からこの即興文化が復活しているようになったと思われます。

例えば、モーツァルトの演奏家でもあり、レクイエムの補足完成作業などもしているロバート・レヴィン(Robert Levin)はモーツァルト協奏曲のカデンツァだけではなく、アイガングにおいても大胆な即興プレリュードを披露しています。

これはフンメル時代の演奏習慣の復元ともいえるのではないでしょうか。

 

 

6 フンメルの一番重要な言葉

まとめとして「自由幻想は精神を養う最良の方法である」ということ。つまりフンメルの思想では作曲・即興・演奏は同じものでした。この考え方はモーツァルト → ベートーヴェン、フンメル → ショパン → リストへと続くピアノ芸術の本流とも言えます。(※注 ピアノ流派の事ではない)

 

フンメルの教本『ピアノ奏法の理論と実践詳論,S.157』(1828)は、古典派の奏法(モーツァルト型)とロマン派の奏法(ショパン型)の橋渡しをした非常に重要な書物ととてとらえるべきです。ショパンの奏法を勉強する人にとっても理解するうえで、実はこの本はかなり核心に近いことが書かれていると思われます。

ここからは演奏法について持論を記していきます。
  1. フンメルは「モーツァルト奏法の最後の継承者」

  2. ショパンはフンメルを手本にした

  3. フンメル奏法の核心(5つ)

  4. それがショパン奏法にどう変化したか

  5. 現代ピアノ奏法との違い

1 フンメルはモーツァルト奏法の最後の継承者

フンメルは、モーツァルトの弟子でありかつ、ベートーヴェンと同世代 であることは何度も述べてきた通りです。

つまり彼は、18世紀ピアノ奏法の正統な継承者 でした。


その特徴は
古典派の理想(明晰、軽やか、歌うような旋律、指の独立)です。
しかしフンメルの時代にピアノは急速に進化しました。

18世紀ピアノ→ 軽い ※ウィーン式ピアノ
19世紀ピアノ→ 音量が大きい ※イギリス式ピアノ

この変化に対応したのがフンメルの新しい奏法でした。

 


2 ショパンはフンメルを非常に尊敬していた


ショパンはフンメルを最も洗練されたピアニストと評価していました。ショパンの若い頃の作品にはフンメルの影響が非常に強いです。

例えば、ショパンのピアノ協奏曲第1番およびピアノ協奏曲第2番はフンメルの協奏曲スタイルの延長と言われます。

 


3 フンメル奏法の核心(5つ)
フンメルの教本の中で最も重要なのは次の5つです。

 

① 完全なレガート
フンメルはピアノは歌う楽器であると考えていました。
そのため彼はレガートを実現するために

  • 指替え

  • 指の交差

  • 親指くぐり

を体系化しました。

これは 近代ピアノ奏法の基礎です。ショパンも同じ思想です。

② 指の独立
フンメルは指を完全に独立させることを要求しました。彼の理想は腕は安定し指が主役であること。これはモーツァルトの奏法の継承です。
一方イギリス式ピアノとともに重厚な響き、和音の重視などが活かされていく曲も作られていきます。この奏法の先頭に立っていたのがベートーヴェンと言えるでしょう。

③ 軽いタッチ
フンメルは「強く打鍵するな」と繰り返し書いています。理想は、軽い、透明、明瞭です。
これはショパンの言葉「ピアノを叩くな」と同じ思想です。
ウィーンでの力強くて情熱的なベートーヴェン派と繊細で流れるようなフンメル派の対立があったことは「チェルニーの回想録」で言及されています。

④ 指替えレガート
これは現代の運指法にも残っている同じ鍵盤で指を変えるということで、初めて言語化したのがフンメルと言えます。
これにより本当のレガートが作れると言っており、ショパンはこれをさらに発展させました。

⑤ 指使いは音楽のため
フンメルは重要なことを言っています。「指使いは機械ではない」。フンメルがカルクブレンナーが行っていた強制器具による訓練を推奨しなかった事実でも明確です。さらにフンメルは「音楽のために指使いを選べ」という思想です。
これはショパンの教育法そのものです。

 


4 フンメル → ショパンで何が変わったか


ショパンはフンメルを基礎にして、奏法をさらに進化させました。違いはどこか? フンメルは指中心でしたが、ショパンは腕の重さと手の自然な形を重視しました。


しかし基礎の思想は同じです。共通点は、レガート、指替え、歌う旋律、自然なタッチなどで、つまりショパン奏法はフンメル奏法の発展形と言えるでしょう。

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