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フンメルが伝えたかったもの~
『ピアノ奏法の理論と実践詳論』より

1828年刊行の第2版を元に譜例と演奏法以外でフンメル自身が言及している教育的視点や当時の演奏論などを紹介します。

さて私が注目した部分。
第3巻 第4章「ドイツ式またはイギリス式機構を持つピアノの適切な扱い」の章にてフンメルは当時の重厚なアクションのイギリス式ピアノと、軽いアクションのドイツ・ウィーン式ピアノに言及しています。貴重な部分と思われますので第3巻第4章を紹介しますが、その前に、大まかにイギリス式とウィーン式について解説します。

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ウイーン式とイギリス式のピアノ

フンメルの時代もピアノはまだ進化を続けていました。当時はイギリス式とウイーン式の2つの主流があったようで、フンメルはウイーン式のピアノを愛用していたが、彼の最初期のソナタ(Op.2a-3、1792年)のピアノの音域は5オクターブ(FF-f3)であり、モーツアルトのピアノ曲の音域と一致しています。

 

フレームは木製で金属製に比べると強度の問題で弦は細く、ハンマーも小さく、柔らかい皮で覆われていたいわゆるフォルテピアノ。一方ダンパーは最高音までつけられていたため、アーティキュレーションが非常に明瞭でありました。そのため陰影、変化に富んだメロディー、細部の装飾の表現に優れていた、と言われています。

現代で言うペダルはなく、膝レバー(モーツァルトのヴァルター製ピアノも膝レバーがついていた)でダンパーを操作し、アクションも軽く、反応もすばやく、直接的だったようです。

一方イギリス式のピアノについてはジェフリー・ゴヴィエの発言やCD等の解説で言及されていますので引用します。

イギリス式のピアノはウイーン式のピアノに比べて様々な点で異なり、音域は5オクターブ半(Ff~c4)で、ウイーン式より幾分広く、ウナ・コルダとダンパーを操作する2つのペダルをもっていたとのこと。楽器は一般的に大きくてかつ頑丈に作られ、今日のグランド・ピアノのように高音域の弦にはダンパーがついていまませんでした。

ダンピングによる一般的効果はウイーン式のピアノに比べてかなり鈍く、音の透明感にも欠けていたとされています。イギリス式ピアノはアクションがずっと重かったため、ウイーン式ピアノになれた者からはかなり批判されていたという証言もあります。しかし、イギリス式ピアノはその長所や特殊性(異なるピッチによる音の多様性など)から、イギリスのピアノを知るようになったハイドンやドゥシェックによってその特性が活かされました。ジェフリー・ゴヴィエ(Geoffrey Govier)

※注
歴史的演奏研究書・論文(ゴヴィエが引用・関与する文献)

(1) Notated and Implied Piano Pedalling c.1780–1830

David Rowland/University of Adelaide 博士論文(PDF)

*この研究では18〜19世紀のペダリング実践を論じる中で、英式ピアノの影響について触れています。

 

ここまで、ウイーン式アクションのピアノとイギリス式アクションのピアノの特徴概要を紹介してきましたが、今回はフンメル自身の言葉でそれぞれの演奏法を紹介してもらいます。

 フンメルが1828年に刊行した当時のピアノ奏法バイブル「ピアノ奏法の理論と実践詳論」から 第3巻第4章「様々なピアノの適切な弾き方-ドイツ式(ウイーン式)アクションとイギリス式アクションについて-」のフンメル自身の説明全文を翻訳し紹介します。

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いかに優れた演奏者でも、慣れないアクションの楽器を弾く時にはしばしば弾きにくい思いをするものである。そのためピアノのアクションについて、少し説明をすることは重要なことと考える。

 

section2

一般的にピアノには2種類のアクションが存在する。ひとつはドイツ式(ウイーン式)アクションで弾きやすいもの、もうひとつはイギリス式アクションで弾きにくいものである。

 

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言うまでもなく、この二つのアクションにはそれぞれ特有の長所がある。ウイーン式アクションはどんな可憐で繊細な手でも扱うことができるであろう。ウイーン式アクションであれば、演奏する者は様々なニュアンスでの演奏が可能で、また敏感に明確に音を出すことができる。そのフルートのような豊かな音色は、特に大きな会場でのオーケストラの伴奏から見事に浮かび上がってくる。さらに演奏に気を取られすぎて、流暢な音の流れを壊してしまう、というようなこともないであろう。しかも、この楽器は耐久性もあり、価格もイギリス式アクションの物より半分の値段で売られている。

 

ウイーン式のピアノは、その特性に合わせて扱う必要があり、腕全体の重みで鍵盤を激しく突いたり叩いたりすることは許されず、鈍いタッチも許されない。むしろ音の力強さは指の弾力のみで生み出す必要があるのだ。例えば、厚い和音はすばやく分散して演奏するのが通常であり、それが全ての音を一度に強く打鍵したときよりもはるかに効果的である。男性の手には、浅めでも薄めでもないタッチの楽器を選ぶことを薦める。

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 イギリス式のアクションは、音の持続性と豊かさという点ではもちろんその利点を認めざるを得ない。しかしウイーンのピアノほどには完成の域には達していないというべきである。タッチははるかに重く、鍵盤は非常に深く沈むため、連打する時にはハンマーがすばやく動作しないからである。

 

このようなピアノにまだ慣れていない人は、深く沈む鍵盤や重いタッチに決して惑わされてはならない。むしろ、無理なテンポで演奏せず、いかに速いフレーズやルラード(装飾的旋律)も、いつもの調子で軽快に弾かなければならない。力強く演奏すべきところやパッセージも、ウイーン式ピアノほど多彩な音のニュアンスが備わっていないため、仮に激しく打鍵したとしても、指にもともと備わっている力強い弾力性から得られる音に比べるとより強い音が出せるという訳ではないのである。

 

慣れないうちはイギリス式ピアノに少々違和感を覚えるかもしれない。特にf(フォルテ)でルラードを弾く時には、鍵盤を底まで押さえるのでなく、見かけだけにとどめなければならないからである。そうしなければ、「弾く」という行為にばかり気を取られ、完璧に演奏するための負担は倍になってしまうであろう。しかし、このピアノで「歌わせること」ができれば、その豊かな音色が長所となり、特の魅力と美しい和声を奏でることができる。

 ただし、イギリス式アクションのピアノは、小さい部屋の中では非常に良く響くのにもかかわらず、大きな会場で演奏すると、音の性質が変化し、複雑なオーケストラ伴奏を伴うときにはウイーン式ピアノほどには音が通らなくなる。私の考えでは、太くて豊かな音色がその要因であるように思われる。

 こうしてみると、フンメルはウイーン式アクションのピアノを好んでいたことが判ります。

 現代のウイーン式ピアノというとベーゼンドルファーがありますが、これとて現在ではイギリス式と変わらないシステムであり、ウイーン式の主流というのはないと思われます。古楽器、オリジナル楽器としての演奏のCDも多いですが、その場合はウイーン式のヴァルター製や初期のベーゼンドルファーやそのレプリカが多いですね。

 当時はもっと事情が違っていたことを考慮しなければなりません。現代のコンサートホールと当時の演奏会場では響きも規模も、さらには他の弦楽器などの音も、各楽器の音量も異なっています。今、ホールでの演奏会でこの手のウイーン式ピアノ(古楽器)で演奏すると、オーケストラに音が飲み込まれてしまって、聞こえなくなってしまいますので、事情・環境・楽器性能すべてが異なる時代の話であることを理解したうえでのフンメルの発言を理解しなければなりません。

 ちなみにショパンもウイーン式アクションのピアノを好んでいたようで、プレイエル製、エラール製などの名前が挙がってきます。

【DTM】フンメル/24の調による前奏曲,Op.67

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