
§5.ピアノとオーケストラの為の幻想曲、
ロンド、変奏曲
協奏曲以外のピアノとオーケストラの作品を紹介します。
フンメルのピアノと管弦楽のための作品一覧
1.Op.6 ピアノとオーケストラのための変奏曲 ヘ長調
(フォーグラーの「カストルとポルックス」の主題による)
作曲年代: 1798年頃
背景・エピソード: 幼少期にモーツァルトの家に住み込みの弟子として学んだフンメルが、数年にわたるヨーロッパでの「神童」としての演奏旅行を終え、ウィーンに戻って活動を再開した青年期の作品です。当時はサリエリやアルブレヒツベルガーから対位法などを学んでいた時期で、恩師モーツァルトのスタイルを受け継ぎつつ、ヴィルトゥオーゾとしての華やかなピアノ技法が現れ始めています。
2.Op.56 華麗なるロンド(序奏とロンド・ブリランテ)イ長調
作曲年代: 1814年頃
背景・エピソード: まさに「ウィーン会議」の時期に重なり、ウィーンにはヨーロッパ中から王侯貴族や外交官が集まっていました。当時のフンメルはウィーン随一のピアニストとして絶頂期を迎えており、社交界を沸かせるにふさわしい華麗で祝祭的な雰囲気を強く反映しています。
3.Op.97 変奏曲 ヘ長調 (ロシア民謡の主題による)
作曲年代: 1821年頃
背景・エピソード: Op.98の作品と共にロシアでの演奏旅行のために作曲されたと思われます。シンプルなロシアの民謡をテーマにした作品であり、明るい牧歌的なテーマを扱った作品。ラストのコーダではかなり華麗なテクニックが披露され聞く者の心を捕らえる。楽器編成はフルート、ホルン各2と弦という室内楽的なもの。
4.Op.98 華麗なるロンド 変ロ長調
作曲年代: 1821年頃
背景・エピソード:華麗なロンド 変ロ長調 Op. 98は 1824 年にウィーンで出版され、出版社のピータースに宛てた手紙の中で、フンメルは「私の最も素晴らしい作品の1つであり、恐ろしいほど難しいものではありません」と述べている。楽器編成は二管編成でティンパニも加わり派手さを演出している。
この曲は1822 年のロシア 旅行のために作曲され、サンクトペテルブルクの「ペロフスカ夫人、旧姓ゴルチャコフ王女」に捧げられ、この訪問の際には、ロンドンで共にクレメンティに師事していた旧知のジョン・フィールドと連弾したり、フィールドのノクターンに感銘を受けたりしている。またフンメルは1828年にワルシァワで4回ほど演奏会を開催し、ショパンにも会ってるが、その際にも演奏された曲の一つとされている。
5.Op.115 ピアノとオーケストラのための大変奏曲 変ロ長調
作曲年代: 1830年
背景・エピソード: 1830年、フンメルはパリとロンドンへの大規模な演奏旅行を行い、各地で大成功を収めた。この変奏曲は、そのツアーなどで聴衆を熱狂させるための重要なレパートリーとして書かれたと考えられている。主題には、当時ベルリンで大流行していた大衆的な喜歌劇(ジングシュピール)である『職人の祭り(Das Fest der Handwerker)』の陽気で親しみやすい旋律が用いられ、当時のヒット曲を主題に採用して大衆の心をつかみつつ、ピアノの華やかで高度な超絶技巧(ヴィルトゥオージティ)を存分に見せつけるという、フンメルのエンターテイナーとしての卓越したセンスが発揮できるよう計算された作品と言える。
6.Op.116 オーベロンの魔法の角笛ファンタジア
作曲年代: 1829年〜1830年
背景・エピソード: カール・マリア・フォン・ウェーバーが1826年にロンドンで初演し、大絶賛を浴びていたオペラ『オーベロン』を題材にした幻想曲(ファンタジア)。19世紀前半の音楽界では、人気オペラの主題を即興的に発展させたパラフレーズや幻想曲が、名技主義のピアニストたちにとって最高の見せ場であった。フンメルは、当時最新のヒット作であった『オーベロン』から「魔法の角笛」の動機などを巧みに引用し、オーケストラとピアノによる劇的でドラマティックな一曲へと仕立て上げている。これも当時のトレンドに敏感な聴衆を喜ばせるための、フンメルの見事な企画力が光る作品であるが、ウェーバーからの引用よりフンメル自身が書いた部分が多く、ウェーバーとフンメルの共作的な性格となっている。
7.Op.117 社交のロンド ニ長調
作曲年代: 1829年
背景・エピソード: タイトルの「社交(Gesellschafts / société)」が示している通り、当時の王侯貴族のサロンや、上流市民の音楽会(ソワレ)など、華やかな集いの場にふさわしい、洗練された上品な小協奏曲として作曲された。表情豊かでゆったりとした序奏(アダージョ)から始まり、きらびやかで快活なロンド主部へと続く構成。この作品では、ピアノとオーケストラが激しく対立して火花を散らすというよりも、互いに親密な対話を楽しむように調和したアンサンブルが重視されている。当時の社交界の空気をそのまま音楽にしたような、晩年のフンメルならではの優雅で穏やかな魅力に溢れた名作。
8.Op.127 ロンド・ブリランテ「ロンドンからの帰還」ヘ長調
作曲年代: 1830年
背景・エピソード: 《ロンドンへの帰還》(フランス語題:Le retour de Londres)は、1835年にウィーンで出版された。興味深いことに、同年の手紙でフンメルはこれを「ルルドへの帰還」と呼んでいる。この作品は、フンメルらしい美しさと表現力に満ちた緩やかな導入部に始まり、ロンド主題は行進曲風でありながら、各エピソードでは表現力豊かな詩情や華麗な技巧が交錯する。まさにロンド形式の完成形と言える構造と完成度を持ち、フンメル晩年の創作の情熱が衰えていなかったことを示す傑作。
なお、大英図書館所蔵の自筆譜には多くの修正跡や記譜上の省略が見られ、作品がある程度急いで仕上げられたことを示唆している。
§7.音楽史のブラインドスポットとしての
フンメルのピアノ協奏曲
ヨハン・ネポムク・フンメルのピアノ協奏曲群は、音楽が王侯貴族の宮廷における「優雅な職人芸」から、巨大なホールに集う市民階級を熱狂させる「芸術的スペクタクル」へと移行する激動の歴史的瞬間を真空パックしたような、極めて特異で価値のある存在である。
彼の音楽は、ベートーヴェンのように自己の内的苦悩を開陳し、世界や運命と闘争するものではない。それゆえに、19世紀後半以降の「ロマンティックな天才芸術家崇拝」の時流の中では不当なまでに過小評価され、近代ピアノのヘビーなメカニズムと相性が悪かったという物理的な不運も重なり、長きにわたる忘却の憂き目に遭った。
しかし、現代の学術的な再評価と古楽復興運動が明らかにしたように、彼の協奏曲はモーツァルトの古典的均整美と、ショパンやリストの華麗なるロマンティシズムを完璧に架橋する、音楽史上不可欠の「移行期の主要作品群」である。楽譜に装飾記号を精緻に記譜することで、演奏の主導権を即興から「作曲家の完全なる統制(作品)」へと移し、同時にフォルテピアノという楽器の技巧的ポテンシャルを極限まで探求したフンメルの功績は、近代ピアノ音楽の基礎を築いたと言っても過言ではない。
今日、我々がこれらの協奏曲に耳を傾けるとき、それは単なる「音楽史上の史料」としての興味を遥かに超え、軽やかで色彩豊か、そして限りなくエレガントな19世紀初頭のヴィエンナ・サウンドの真髄を体験することに他ならない。フンメルのピアノ協奏曲は、クラシック音楽の発展の系譜を理解する上で欠かすことのできない絶対的な要石であり、現代の豊かな解釈を通じて、今なおその眩い輝きと新鮮な驚きを放ち続けているのである。

